ハパハオレ
20世紀前半に米国で流行した、英語歌詞のハワイ風ポップ。
概要
「ハパハオレ」とは「半分外国人」の意で、英語歌詞にハワイ語の単語(アロハ・マハロ・ワイキキ等)を散りばめた、20世紀前半の米国大衆向けハワイ風ポップス。本物のハワイ伝統音楽からは距離があるが、ティン・パン・アレーの作曲家がハワイ熱を商業化したジャンルとして米国大衆音楽史に位置づけられる。
背景
1900年代の米国万博(1915年サンフランシスコ国際博)でのハワイ実演が爆発的人気を呼び、米国本土でハワイアン・ブームが起きた。ティン・パン・アレーの作曲家が『マイ・ハニー・ルー』『ハーバー・ライツ・オブ・ホノルル』などを作って大衆化した。
発展
1930〜40年代にハリー・オーウェンズ・ハーブ・オータ・アルフレッド・アパカら歌手が活躍し、ラジオ・映画(『ワイキキ・ウェディング』1937年)で全米に広まった。1950年代のティキ・カルチャー・ブームでさらに人気を拡大した。
出来事
- 1915年: サンフランシスコ国際博でのハワイ館。
- 1930年代: ラジオ全米放送でハワイアン・ブーム。
- 1937年: 映画『ワイキキ・ウェディング』。
- 1959年: ハワイ州昇格。
- 1970年代: ハワイアン・ルネサンスでハパハオレ批判。
派生・影響
戦後米国のエキゾチカ音楽(マーティン・デニーら)・サーフ・ロック(ザ・ベンチャーズ等)の精神的源流となり、現代ハワイ観光音楽の基盤も提供した。
音楽的特徴
楽器スティール・ギター、ウクレレ、ピアノ、声、バンド
リズムティン・パン・アレー的拍子、ハワイ語混在英語詞、商業化されたエキゾチズム
代表曲
- My Little Grass Shack in Kealakekua Hawaii (1933)YouTube で検索