Opera Buffa
18世紀イタリアの喜歌劇。市民的日常と滑稽な人物像を題材に、軽妙なアリアと、複数の歌手が同時に歌う重唱で展開する。
What it sounds like
オペラ・セリアと対をなす「喜劇オペラ」。庶民や使用人が主役で、結婚詐欺や勘違いの恋愛を題材にする。聴かせどころはアリアより、それぞれが別の歌詞・別の気持ちを同時に歌う「アンサンブル(重唱)」で、フィナーレでは登場人物全員が舞台に集まって混乱が頂点に達する。歌と歌の間には、せりふのように歌ってつなぐ部分(レチタティーヴォ)が入る。このレチタティーヴォには2種類あり、テンポと感情を切り替える役を担う。チェンバロと低音弦(チェロなど)だけの素っ気ない「セコ」で会話をテンポよく運び、感情が高ぶる場面では弦を足した「アコンパニャート」に切り替えて空気を変える。テンポはセリアより速く、メロディも口ずさみやすい。
How it came about
真面目な悲劇オペラの「幕間の息抜き」として上演された数分の笑劇が、いつのまにか本編より人気を集め、独立した一大ジャンルに育った——それがオペラ・ブッファだ。直接の母体は、1700年代初頭からナポリで盛んだった全幕の方言喜劇(コンメディア・ペル・ムジカ)。これと並行して、オペラ・セリアの幕間に演じられた短い喜劇「インテルメッツォ」が国際的な普及のきっかけとなった。なかでもペルゴレージ『奥様女中』(1733)はインテルメッツォとして初演され、のちに単独で上演されて大成功を収め、独立した喜劇オペラの象徴となる。1752年にパリで上演されると賛否が国を二分する大論争(ブフォン論争)を巻き起こした。この騒ぎがかえって注目を呼び、喜劇オペラの地位を押し上げる結果となった。時代はくだって1780〜90年代のウィーン。モーツァルトは台本作家ダ・ポンテと組み、『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』(台本上はドランマ・ジョコーソと分類される)、『コジ・ファン・トゥッテ』を立て続けに書いて、ブッファをセリアと同等の芸術へ押し上げた。その軽妙さは、半世紀後のロッシーニ『セビリアの理髪師』(1816)やドニゼッティ『愛の妙薬』(1832)にそのまま流れ込み、今もオペラハウスの定番として笑いを取り続けている。
What to listen for
やはりアンサンブルに尽きる。たとえば『フィガロの結婚』第2幕のフィナーレは、約20分にわたって登場人物が次々と現れ、最終的に7人の声が同時に重なる。全員がバラバラの言い分を歌っているのに、不思議と濁らず一つの音楽になる——その交通整理の妙技が快感だ。劇の流れを止めてしまうセリアの長大なアリアとは違い、ブッファでは会話と歌が途切れず流れていく。その途切れない速さこそがこのジャンルの醍醐味だ。
If you only hear one thing
1作だけ観るなら、モーツァルト『フィガロの結婚』(1786)。序曲が刻む小気味よいテンポを数十秒聴けば、この作品の体温が分かる。短く入りたいなら、ロッシーニ『セビリアの理髪師』の「私は街の何でも屋(Largo al factotum)」。バリトンの早口が圧巻だ。
Trivia
モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』は19世紀には「不道徳」とされて改変上演が続き、原作通りに復活したのは20世紀に入ってから。邦題『女はみんなこうしたもの』はほぼ直訳で、原題 Così fan tutte は文字通り『女はみなこうする』の意。女性に限らず人間だれもが持つ心変わりの弱さを皮肉った題名だ。
